前往
大廳
小說

夜明けII

山巔一寺一壺酒 | 2023-08-25 21:36:59 | 巴幣 2 | 人氣 107


夜明け II
 
 
 
 
 
 
 
澄んだ小川は、そーと下り、果てしない山麓まで蛇行していく。
夜が明けると、最初に毛布を蹴り出したのは、翠緑の服を着た貴族のレンジャーだった。袖口にはフリルがあり、シルクサテン素材で、おそろいのタイトなズボン、典型的な軽装だった。
 
ホルン・ナスウェイは小川のほとりに歩み寄り、冷たい川の水を掬って頬をたたき、そして悲しげなうなり声を上げた。「——冷たい!」
 
「あはは!ホルンちゃん、早朝からその元気さで、昨夜の狼の遠吠えが夢の中の恋人を追い払えなかったみたいね」
 
「ホルンちゃんじゃない、クロスボウマスターだよ!それにナスウェイ貴族のホルン・ナスウェイだ!クソババア、貴族の基本的な礼儀を学んだ方がいいぞ!そうだ、俺とあんたたちの身分は違うんだ」ホルンは濡れかけの茶色の短髪を振り、手に持った濡れタオルを絞りながら、まだ起きていないデスティニーを不機嫌に罵った。
 
「貴族?」デスティニーは唇をすぼめて、思わず「ぷっ」と笑ってしまった。「ああ、貴族だったのを忘れていたわ。私たちみたいな「やつら」と長く付き合いすぎたからね。流れ星を追いかけるため、君は本当に辛抱しているわね」。
 
「ああ、お前の言う通りだよ、ババア!そうだよ」ホルンは手に持っている粗いタオルを力強くまっすぐにして、乱暴に頭を雑に拭いてから、キャンプファイヤーに近づき、そのタオルをデスティニーの顔にぶつけた。「いつかお前の耳を引き裂いて、その中身が一体何なのかを研究してやるぜ」。
 
デスティニーはすぐに悲鳴を上げ、タオルを地面に投げ、隣りにいる赤髪の少女に向かって叫んだ。「グウィネフ!ホルンにまたいじめられるんだよ。おばあさんのために何かしてくれ!」
 
どうやらグウィネフはデスティニーの切迫した叫び声を聞いたが、彼女はこの仲がケンカ相手の日常の騒動に巻き込まれるつもりはなく、野外用具を車両に積み込んでいるだけだった。「はーい、みんな!早く準備を整えて出発しないと。山の天候がだんだん寒くなってきって、もうすぐ雪が降り始めるかもしれませんね!」
 
「そうか? それはいいじゃ、俺は雪が好きだ」ホルンは軽く微笑んでいた。「十数年前、ナスウェイ家の屋敷はよく……」
 
「ホルン、余裕があるなら、このキャンプの道具を運んでくれないかしら?」少女はいくつかの鉄の鍋を抱え、冷たい表情でホルンの耳元に迫った。「ナスウェイ家の話はもう何度も聞きましたよ」。
 
ホルンは気にせずに肩をすくめた。グウィネフの軽蔑的な態度にはもう慣れている。その代わりにこの荷物を自分で運ぶより、最近加わった若い仲間を呼び寄せることのほうがもっと慣れていた。
 
「おい!ノエル、早くこっちに来てくれ!グウィネフが手伝ってもらう必要がありそうだぞ!」
 
「え、本当ですか」
 
「もちろん、疑うなよ」ホルンはゆったりとノエルのそばに寄り、肩に手を置いた。「聞いてくれ、俺にはもっと重要な任務があるんだ。グウィネフのことはきみにしか頼めないんだから……」
 
「ちょっと、まだ任務があるんですか」ノエルは右の肩に疑念の目を向けた——深緑色のスーツを身に着け、袖口にはレースが飾られ、まるで本当の貴族のものだった。
 
「深夜に吠えたあの狼たちを覚えているかい? 奴らの動きを調べに山腹に行かなきゃ。それにキャンプ場の片付けはきみに頼んだよ、お仲間さん」ホルンはにやりと笑い、ノエルの肩を軽く叩いて、嬉しそうにキャンプ場から離れて、複雑な表情をしたノエルを残して行ってしまった。
 
デスティニーは、遠ざかるクロスボウマスターの姿をちらりと見て、いたずらっぽく舌を出し、近くに並べた瓶や缶を手際よく荷物袋にまとめた。これらの缶はかなり古そうに見えるが、中には彼女の秘密の宝物が詰まっていた。
ノエルはデスティニーの荷物を受け取り、丁寧に馬車の中に積み込み、傍らにいるグウィネフは昨夜の毛布を片付けていた。
 
「ノエルくん、いつもありがとうね」デスティニーは最後の荷物を持ち上げ、息を切らせてノエルに手渡した。「本当に助かったわ」。
 
「平気ですよ、おばあさん」ノエルは慎重に荷物を受け取り、彼女に向かって微笑んだ。「でも、食事のときにベーコンを一枚多くしてくれると嬉しいですよ」。
 
「あら、ノエルくん、どんどん商才がついてきたわね」デスティニーは手を組み、気まずそうに「カッカッ」と妙な笑い声を出して、そして、舌を出した。「でも残念、次の町まで待ってちょうだい。昨夜あなたが食べたベーコンは最後の一切れだったわ」。
 
「ふふ、おばあちゃんの言う通りだ。ノエルは食いしん坊!前回カリヨン ワイナリータウンで買ったお肉は、ほとんどあなたとホルンに食べられちゃって、私たちはお肉のカスすら取ることができなかった」いつの間にか整理が終わった少女もふたりの隣に立って、可愛らしく軽く咳払いをした。「おばあちゃん、この食いしん坊をどうしたらいいですか」。
 
「そうね、ノエルくんに怠け者の貴族レンジャーを探していてもらえる? 山の霧が濃くなってきたし、先ほどグウィネフちゃんの言った通り、もうすぐ雪が降りそうと思うよ」
 
「雪? でも、今は夏でしょう? しかもこの山の高さが……」
 
「ノエルくん、最近の天気はちょっと変わっているようで、ギンヌ港の恐ろしい津波の話も聞いたよね。ここで吹雪が起きることにも驚かないよ」
 
「ノエル、ホルンに知らせてもらえるかな。馬車を運転してもらう必要がある」グウィネフは両手を胸に合わせて、大きな瞳が輝いている。「もう少し遅かったら、山で本当に雪が降っちゃうかもしれないから、それだと大変よ」。
 
本当に大変だ。大雪は手を凍傷にかかりやすいだけでなく、馬車を滑らせる可能性もある。それは些末なことではない。
 
「いいよ、それは問題ないだろう?」グウィネフの話しが終わる前に、ノエルは既に馬車から飛び降り、少女の前に着地した。そして、息ぴったりにハイタッチした。「でも、先に言っとくけど、次回の火起こし作業は君に任せるよ。どうだ、約束できるか?」
 
「約束するよ」グウィネフは少年の肩に落ちた針葉を払い落とし、可愛く舌を出した。「じゃ、お願いしますね、ノエル」。
 
 
 
 
グウィネフは馬車の床に足を踏み入れ、中の収納スペースを何度も確認してから、荷物を引きずり込んだ。
普段なら、彼女は暖かい毛布の中でゴロゴロしているだろうが、でも今日は約束の場所に向かう大切な日だ。みんなは早く出発しなければならならず、彼女も例外ではない。額から伝った大きな汗滴を拭い、彼らは間もなく半日以上馬車に乗るから、残りの荷物を一生懸命移し、次の旅を快適にするよう努力していた。
しかし、この時、荷物の中に紛れ込んだ微かな輝きが彼女の注意を引いた。少女はそっと足を踏み入れ、その前で立ちすくんだ。ペンダントの上には翠緑の宝石が嵌められて、魅力的な光を放っている。まるで手招きしているように彼女を迎えている。そして、それに応えるように、少女はそっとペンダントを手に取り、慎重に手のひらに乗せ、その巨大な翠緑の宝石を軽くに触れ、鉄灰色のチェーンを懐かしそうに見つめた。
これから、その日の思い出が波のように再び押し寄せ、彼女の視界を覆い尽くした。
傾いて崩れ倒れた柱が燃え盛り、息も絶え絶えの赤髪の男の上に圧し掛かっていた。
彼は最も大切な家族の宝物を彼女に託して――その水色のワンピースを着た女の子に何度も言い聞かせた――生き抜け、エンシェント家の後継者よ!いつか家宝のネックレスの秘密を解かなければならない日が来るだろう。
かつての生活はすでに消え去ってしまった。
今少女ができることは未練さえも過去の記憶を閉じ込め、その火炎ですべての過去の思い出を焼き尽くしまた――去り行くエンシェント一族とともに。
独りで朝陽に背を向け、グウィネフは古い家族のペンダントを手のひらで握りしめ、天の神の残酷さに呪った。そうすることでのみ、心の中に残った怒りを少し和らげることができるから。しかし、その時間は長く続かなくて、すぐに外から続々と聞こえる驚きの叫び声が、彼女を現実に引き戻した――それはデスティニーの声だった。
 
「グウィネフちゃん!どこにいるの? まだ荷造りをしている? グウィネフちゃん?」
「ここにいますよ、おばあさん!何があったんですか」少女は急いで手にしていた宝石のネックレスをしまい、戸惑いつつ馬車から顔を出した。
 
「エンジェル、早くホルンちゃんをボコボコにしてやって、悪霊に取り憑かれたかもしれないわ。悪魔とか変な言葉をずっと叫んでいるのよ。グウィネフちゃんは彼に取り憑いている邪悪な山の精霊を追い払えるかもしれない!」デスティニーは息を切らしているホルンの傍らに立ち、ノエルの背中を軽く叩き、手に持っていた鉄製のケトルを差し出した。
 
「もう、ホルンちゃんと呼ぶな、ババア!」ホルンは矢筒に素早く向かい、麦わら帽子をつかみ、デスティニーの頭に荒々しくかぶせた。「よく聞け、全員馬車に乗れ!今すぐ!」
 
「くそったれのホルン、誰かが何が起こったのか教えてくれないのか?」デスティニーは目を大きく見開き、疑問に満ちた顔で緊張したホルンを見つめ、次いで後についている少年を一瞥した。「ああ、ノエルくん、彼の様子を見て、誰がうちのホルンちゃんを怖がらせたの?」
 
「それは……群れの狼です、おばあさん」ノエルは苦笑を浮かべた。「狼が来たんです」。
 
 
 
 
ノエルは震えながら両手を軽く擦り合わせた。山中の天気は常に変わりやすく、気温が急に数度下がたので、鳥肌も立っていた。おそらく、あの厚手の黒いマントを着るべきだった。この薄くて粗い亜麻のシャツだけでは足元から上がってくる寒さには耐え切れなかった。
 
「よ、ホルンさん!」しばらくして、ノエルは貴族と名乗るレンジャーをようやく見つけ、彼に明るく手を振りながら、ゆっくりと曲がった大きな木のもとに向かって行った。「もう出発の時間です。山中の霧がだんだん濃くなってきて、もうすく大雪が降り出すかもしれません」。
 
「シーッ!静かに、バカ!」ホルンはノエルの両手を掴み、木の下から引き上げた。「お前さ、俺たちの位置をばらすところだったぞ」。
 
「何でですか」ノエルは枝に登り、戸惑って神秘的なレンジャーの隣に近づき、彼の視線に従った。
 
それは灰色の狼の群れだった。彼らは山麓の木々の周りに集まり、騒がず、吠えもせず、ただ静かに座っており、リーダーのオオカミの指示を待っているようだ。もしもう少し暗ければ、通りがかる旅人は飼いならされた羊だと間違えるかもしれない。
 
「灰狼? そこで何をしているんですか?」ノエルは戸惑って聞いた。
 
「分からないが、昨夜の狼の吠え声は、おそらく奴らの仕草だと思う」ホルンはまだ遠くを見つめながら、興味津々の表情を浮かべてにやりと笑った。「最初は奴ら、ただ森の中の普通の群れの狼だと思ったが、それは大きな誤解らしい。数が多すぎて、北にあるヤギリッジでもこのような光景は見たことがない」。
 
「僕たちはどうすればいいですか」
 
「どうすればいい? どうにもできない」ホルンは口角を上げ、汗を拭いた。「ヘヘヘ……もちろん、奴らが俺たちに気付かないうちに、振り返らずここから出ていくに決まっている」。
 
ホルンの言った通りだ。彼らは傭兵団であるが、今日は戦場に出る日ではない。このような数多い狼の群れにあった場は、逃げた方が賢明だ。しかし残念なことに、これらの灰狼たちは単なる獣ではなく、あいつらは賢く、狡猾で、危険だ。二人が木に登った時、いや、もっと前から、あいつらは傭兵団を狙っていたかもしれない。
 
「ねぇ、ホルン……」ノエルは不安そうに眉をひそめ、そばにいるレンジャーに肘で軽く突いた。「あの灰狼たち、まだ僕たちに気付いていないんでしょう?」
 
「ハハハ、バカ。当たり前だろう」ホルンは冷笑し、口の端に軽蔑の笑みを浮かべて、心配していないようだ。「俺はヤギリッジで一番強い……」。
 
「でも、なんで奴らはずっと僕たちを睨んでいるんですか。トラブルを起こしたいことはないですね」
 
「何?」ノエルが言い終える前に、ホルンの顔から笑顔が完全に消え、代わりに少年が見たことのない恐怖の表情が現れた――今回、レンジャーはやっと山壁をかけ登ってくる灰狼に気づいた。あいつらはその突出した太く鋭い爪で山を登り上がった。その登りはそんなに順調ではないが、それでも多くの灰狼が山頂に登って、二人の居場所に向かってきった。
 
ノエルとホルンにとっては、このような恐ろしい光景を見たら、彼らはこれ以上ここに留まる勇気もうなかった。今の彼らは空を飛ぶ鷹よりも速く走り、風さえも追いつかないほどだった。弓と矢を持っていても、こんな大量の狼の群れに立ち向かうことは得策ではなく、逃げるのが一番だとレンジャーはよく分かっていた。更に、あいつらは普通の狼とは違う。岩を登れる狼なんて、おとぎ話ですらも出たことがないだろう。
 
「走れ!早く走れ!」
 
 
 
 
「じゃ、今どうすればいいの?」ノエルとホルンの真に迫った説明を聞いたグウィネフは、眉をひそめ、静かに腰に手をやり、無意識に短剣を触った。
 
「どうするって? そりゃ逃げるに決まってるでしょう!急げ!」ホルンは枝に掛かっている短弓を取り、急いで腰のベルトを締めた。「それに、森の獣たちの餌食になりたくないなら、今すぐ動き始めるぞ」。
 
ホルンはカバーを力強く引き下ろし、手綱を切り、弓弦を何度か引いた。谷に再び狼の遠吠えが鳴り響いたとき、彼はすでに装備を整え、すばしこく矢筒を背負っていた。
 
「来た、もう来たぞ」ホルンは目を細め、巧みに短弓を引き、霧の遠くに一矢を放った。彼の動きは素早く、余分な動きは一切なかった。さすがリベラシオンの神の射手であり、狩猟を専門とする貴族のレンジャーだった。しかし、遠吠えをしている悪魔たちは彼に驚かされていなかったけど、デスティニーは慌てて頭を抱えて走り回り、怒鳴った。「バカ、何をしているの?」
 
しかし、ホルンはデスティニーの怒号を無視し、矢と弦の低い笛の音に真剣に耳を傾け、野獣の悲鳴が響くまで待っていた。そして、矢の羽根が再び弦に引っ掛けられ、一本、二本、三本、それぞれの矢が目標に命中し、異なる距離で狼の悲鳴が上がった。しかし、この結果は、彼に誇らしさに満たさせるものではなく、むしろ驚きの表情を浮かべた。「……なんてことだ」。
 
「ああ、ちょっと、ホルン・ナスウェイ!」ホルンが反応する前に、デスティニーは山間を響き渡る尖った叫び声で、彼に向かって怒鳴った。「これらの矢が私の耳のそばを飛び越えていって、その通り過ぎていく轟音さえ聞こえたよ!私を殺そうとしてるの? 言ったじゃない、もし……」。
 
「そう俺みがしなかったら、ああ、それじゃ!お前たちは裸の手でその群れの餓えた狼たちと戦うか?」弓を構えるレンジャーはまだ前を見据えたまま、狼の遠吠えが聞こえなくなるまで、足を軽快に動かして馬車に後退した。狼たちはすでに矢を避け、濃霧を突破し、キャンプに向かって真っ直ぐ走り出して、わずか数十フィートしかなかった。
 
今度、ホルンはやっと手を止めて短弓をしまい、速やかに馬車に飛び乗んだ。そして頭を仰ぎ、大声で叫んだ。「グウィネフ、ノエル、デスティニーを連れてこい!」
 
 
 
 
ホルンは逃げた。彼は長細い馬車を操り、狭い山道を猛スピードで走り去った。去り際、彼は馬車から頭を出し、目を見開いたデスティニーに向かって手を合わせた。「フォルトゥーナの運命の手がお前たちを見守りますように」。
 
「くそったれ!ホルン・ナスウェイ!あのバカ、私たちが準備できるのを待たないで、逃げた!」残念ながら、デスティニーの怒りの叫びは相手の耳には届かず、馬車は既に彼らの目の前から消えて、約束の場所に向かって駆け去った。
もちろん、馬車の後ろには情熱なファンたちが続いている腹ペコの灰狼たちだ。
この隙に、魔女はついに少女の手を握り、急いで暗闇の長い馬車に乗り込んだ。グウィネフの助けがなかったら、デスティニーは前方から襲ってきた灰狼たちに、太ももを噛まれ、血が流れている大きな肉片が引き裂かれただろう。
 
「ほら!みんな!何を待っているなの? 狼たちが見逃してくれるように祈るつもりなの? それとも、ここで最後まで戦う覚悟を決めたなの?」グウィネフは車の扉を強く閉め、扉に挟まれた痛がる灰狼を飛び蹴り、踵を高く上げて飢えた狼に強い踵下ろしで重い一撃を与え、野獣の悲鳴が聞こえなくなってから、襲撃を止めた。そして、安心して扉を開け、動かなくなった灰狼を蹴り落とした。
 
「確実にまた現れるかしら」グウィネフは手を軽く叩き、車底に倒れた灰狼が意識を失ったことを確認して、興味津々で振り返した。「狼たちが来る前にここを立ち去り、私たちを見捨てたあのバカレンジャーを追いかけないと。ノエル、馬車を運転してみたいの?」
 
「何?」ノエルは自分が聞き間違えたのかと疑っていたが、もしグウィネフが非常に真剣な表情をしてなかったら、冗談だと思っていた。険しい山道で馬車を安定して運転すること……まあ、冗談じゃない。
 
「えっ!本気で言ってる?」
 
グウィネフは軽く唇を噛み、デスティニーをちらりと見て、迷っている表情を浮かべた。これは難しい決断だった。彼女たちはノエルが馬車を運転することを見たことがないし、彼が勇敢に戦った話も聞いたことがない。しかし、誰かが弱いデスティニーを世話しないと、また誰かがこの馬車を運転しなければいけない。
 
時間は待ってくれないし、飢えた灰狼たちもなおさらだ。あいつらは少女に躊躇する時間を与えず、ただ遠吠えを繰り返し、次の攻撃が迫っていることを予告している。
彼らはまだ決断を下していないが、狼たちは次第に近づいてきている。
風の音が咆哮と混ざり、人々の内なる恐怖を呼び覚り、侵略の前兆を予示し、車底に倒れた灰狼まで起こした。
灰狼は突然目を開け、慎重に体勢を整え、背中を丸くし、デスティニーの驚いた声と共に跳び起きた。
灰狼の反撃は速く、正確で凶暴で、しかも賢かった。
しかし、灰狼の行動が速いが、それよりも速い人がいる。
 
「グウィネフ!」灰狼は牙の鋭い大きな口を開け、よだれを垂らしながら、まだ気づいていない少女に向かって狡猾に襲いかかった。
 
人間の雪のように白い首が灰狼の目の前にあり、その力強い顎で軽く噛みつけるだけで、真っ赤な甘い液体が噴き出し、馬車の中に溢れるはずだった――しかし、灰狼は空振りした。少女の背後に立つ痩せ弱い少年が彼女を守ったのだ。鋸のように鋭い牙で噛みつく前に、ノエルは素早く彼女を腕の中に抱き寄せて、荷物でいっぱいの馬車の中を転がり、この灰狼の凶暴な襲撃を辛くも避けた。
しかし狼はあきらめることなく、むしろ口を開けて噛みつこうとした。まるで美味しい餌を見つけたかのように、グウィネフのしなやかな脚を貪欲に狙ってきたが、一度たりとも噛みつくことはできなかった。
 
「ああ!神様、なんでまた生き返ったの?」少女のすねに噛みつこうとしていた灰狼が目前に迫って、隅で縮みこんだデスティニーはやっと勇気を出して、荷物からおたまを取り出し、野獣の鼻先を打った。「退け、退け!クソ野郎!」
デスティニーの攻撃は灰狼に大きな傷害を与えなかったが、気を惹きつけるには十分だった。魔女によるこの乱暴な攻撃より、灰狼は最初の標的を変更して、デスティニーに向かって襲い掛かろうとした。
 
これは大きな過ちだった。なぜなら、これにより少女は一息つくチャンスを得て、足元を固め、腰に収めた輝く白い短剣を巧みに抜いた。「……よし、どうやらやつはこの決闘を続けたがっているようよね」。
 
銀の光がグウィネフの目の前で一瞬光り、深く灰狼の背中に突き刺した。そして、彼女は柔らかい狼の腹に向かって蹴りを一発放つと、野獣は目標を放棄して、少女に向かって再度飛びかかった。
今回は少女がその追撃をかわすことはできなかった。足元の荷物に足をとられ、野獣に倒されてしまった。彼女は転倒したまま、首に向かって押し寄せる巨大な口を避けながら、短剣を振りかざした。
しかし、これはまだ最悪の状況ではなかった。遠くで再び狼の遠吠えが響き渡り、新たな危機が迫っていることを繰り返し彼たちに知らせてきたのだ。これこそ壊滅的で絶望的と言えるだろう。
 
この絶望に応えるように、すぐに森から三匹の灰狼が飛び出し、同時に馬車に向かって走っていた。あいつらはもう疲れ切っていたが、獣の血があいつらをこの狂宴に誘っていた。馬車に近づくにつれ、獲物が目の前にあるから、灰狼たちはより凶暴で危険で、猛スピードで動いた。あいつらはかつて霧に包まれた山中で獲物を探し回り、もう止まることができず、大きなクマですら道を譲る勢いだった。
 
「くそったれ、もっと灰狼がきた!」デスティニーは緊張した表情で隣に立って、震えた手でおたまを握りしめ、焦って何度も辺りを見回した。「これで十分なトラブルじゃないの? 今どうすればいいの? 私たちはここで死ぬわ!全ては私たちを見捨てて逃げたあの使えないレンジャーのせいだ!」
 
灰狼は少女の上に重なり、狂気のように噛みついていたが、必死に抵抗する赤毛の少女は隙を見つけ、瞬間の逆襲の機会を捉えて、短剣を灰狼の喉に正確に突き刺した。
 
「ハ……ハハー……おばあさん」グウィネフは力を振り絞って無力な野獣を押しのけ、やむなく苦笑いを浮かべた。「最後まであなたと一緒に戦えて光栄ですよ。ただし、その武器がおたまでなければの話ですよ」。
 
「ふふ!私のエンジェル、このおたまを舐めないでね。もしかしたら、後で悪い狼たちを一匹か二匹、気絶させることができるかもしれないよ」
 
「へえ、そうですか」グウィネフは微笑を浮かべ、剣に付いた汚い狼の血を振り払い、再び馬車の扉に戻って、いつでも戦う準備ができている攻撃的な態勢を取った。「では、最初に灰狼を倒す勝負をしましょう、どうでしょう?」
「いいよ!それで決まりだよ。でも年齢のせいで私をなめないでね!」デスティニーは口よりも手が速く、グウィネフが剣を振る前に、おたまはすでに飛びかかってきた灰狼に叩きつけられ、「コン、コン」と鳴り響いた。
灰狼は痛みを耐えて二歩後退したが、またすぐ諦めずに襲いかかってきた。さらに今度は後ろから追いついてきた二匹の凶暴な援軍が加わり、鋭い牙の大きな口を開けて一斉に襲いかかってきた。
本当に最悪だ。一匹の狼だけでも既に十分な脅威だったが、今回は二匹追加され、さらに彼らの背後には山を覆い尽くす仲間たちがいる。この状況でグウィネフとデスティニーの心に残ったのは絶望しかなかった。この時、グウィネスとデスティニーの心には、無力感以外に絶望しか残っていなかった。彼女たちは泣きたいが、目の前の狼たちはにやりと笑っていた。
 
明らかに狼たちは最終的な勝利を手に入れるだろう。次の結末は誰でも予想できるから――あいつらは一斉に馬車に飛び込み、少女と年配の魔女を狂ったように噛みつくだろう。おそらく人間の抵抗が数匹の仲間を奪うことになるかもしれないが、それでも結末が変わらない。なぜなら、あいつらの犠牲は無駄ではなく、これは最高指導者であるリザードマンが望む究極の命令だ。目の前の馬車にはあいつらが欲するものが隠されているのだ。
 
狼の群れはあと少しでそれを手にしれて、使命を果たすところだったが、万物の運命を支配する女神はその瞬間に考えを変えた。凶暴な灰狼は一斉に跳び上がって、罵り続けるデスティニーに襲いかかり、整然と並んだ鋭い牙を露出し、手に入れようとしている勝利の果実を嬉しく迎える。
しかし、あいつらの襲撃は空振りした。
この瞬間、馬車は急に動き出し、山道の反対側に向かって疾走し、この飛び跳ねを巧妙に避けた。これは何の前兆もなく、何の停滞もなく、まるで神々のいたずらのようであり、狼たちの士気に深刻な打撃を与えた。
車両内で熱狂的な歓声が上がる一方、この群れの灰狼は再び息を切らしながら走り続けて、車両を追いかけた。体力が尽き、重傷を負うまで、あいつらは前に進み続け、使命を果たすまで馬車を追い続けるはずだ。
この追いかけっこはまだ終わっていない、むしろ……狩りは今始まったばかりだ。
 
 
 
 
山道の松葉が目の前を素早く通り過ぎ、ホルンは巧みに馬車を操り、崖を見上げた。あそこには群れの狼が集まり、崖から頭を出したあいつらは山頂全体を覆っている。
 
「今日は最悪だ」ホルンは歯を食いしばり、再び馬車を加速させた。幸いなことに、後ろの馬車がついに追いついた。
 
「ふー……いや、この天気は結構快適だと思うぞ」低い声が突然、レンジャーの後ろから響いた。それは槍を持った坊主のような巨漢だった。「寝ているところ君に起こされた以外だなあ」。
 
巨漢は馬車の扉にもたれかかり、銀の長槍を片手で持ちながら、眠そうにあくびをした。「もうちょっとで酒蔵のかわいらしいお嬢さんたちを捕まえて、夢の中で楽しむことができるところだったが、今はすべて無駄になった」。
 
「それはちょっとじゃないようだな、ブリエン」ホルンがにやりと笑った時、車輪が突き出した岩にぶつかり、激しく揺れ、時折、不気味な「ギーギー」という音が鳴り響き、まるで空中に浮かぶ心臓に応えているようだった。レンジャーは彼を目覚めさせたから――銀の長槍ブリエン、その美夢を妨害され、すぐに相手の耳を1つ引き裂いた力強い巨漢だ。
 
「紳士になれよ、ホルン、レディに接するように」
 
「ハハー!それは困ったな!」ホルンは急に曲げ、馬の鳴き声の中で左側を回った。車輪が荒っぽい動きで砕けた石を蹴って、無限の深淵に落とした。
 
「俺がやろう、うちのレディはこんなに苦労させたるな」ブリエンは眉をしかめ、すぐに手綱を受け取り、興味津々でホルンに尋ねた。「後ろの馬車を運転しているのは誰だ?」
 
ホルンは御者席から立ち上がり、目を細めて、後ろの馬車を眺めた。予想外に、御者席に座っているのは最近傭兵団に参加したばかりの少年、ノエル・パルトロウだった。
 
レンジャーは目を細め、軽く顎を掻いて、信じられないようにつぶやいた。「まさか、ノエルのか?」
 
「へへ、やるじゃないか?」
 
「ああ、次に言うことはこうだろう!!」ホルンは口角を上げ、ブリエンの酔っぱらった様子を楽しそうに真似しながら、奇妙な調子で言った。「言っただろう? 言っただろう? 俺って人を見る目があるだろう? わざわざノエルを連れてきたのは意味があるんだぞ、ホルン。これこそ未来を予測し、知識が豊富で賢明な軍師と呼んでもいいくらいだ!」
 
「黙ってて、ホルン・ナスウェイ」ブリエンは不機嫌そうに彼を睨み、ホルンの頭を数回つついた。「ノエルのおかげで、お前の首がまだつながっているんだ。あの馬車を失ったら……殿下はともかく、俺もお前の皮を剥ぎ取るぞ。野良猫ちゃんとデスティニーは仲間なんだから」。
ブリエンは手を首に横たえ、切り裂く仕草をして、そしておぞましい舌出しの表情を作った。
 
「怖がらせないぜ、お前のことをよく知っているよ。俺たちは長年一緒に戦ってきた仲間だから」ホルンは口角を上げ、言い表せない偽りの微笑みが浮かんだ。ブリエンも冗談を言っているから、彼は今やっと自分の耳を保つことを確かめた。
 
「本気だよ、ホルン。確かに傭兵の生存ルールは戦場に向かい、戦争に参加し、報酬を受け取り、最善を尽くして生き残ることだ。死か生か? それは運命の女神に委ねられ、だれも誰かのために責任を負うことはない。しかし、他の傭兵とは違って、ノエル以外俺たちは風の団の精鋭傭兵だ。みんなが貴重な仲間であり、資産であり、加えて、彼女は殿下の娘だ。もしグウィネフが君の身勝手な行動で負傷して出血したら、殿下はお前を厳しく処分するだろう」ブリエンは肩をすくめ、手綱を引っ張りながらホルンを狭い御者席から蹴った。「スピードを上げるぞ、ホルン、お前は後ろの馬車をカバーして屋根に乗れ!」
 
「ところで、ノエルって、よくやってたなあ。お前が教えたのか?」
 
「ふふ、まさか」ホルンは屋根の上に一歩踏み出し、風に舞う公爵の帽子を片手で押さえて、爪を研いで正確に攻撃できる短弓を取った。
 
「もっと実用的な戦術を教えたいんだけど、どう?」
 
「それは俺たちか決めることじゃないよ。あいつを勝手に連れてきたのは、お前とグウィネフだ。まだ殿下に認められてないぞ!」ホルンはため息をついたが、弓を構えている手は止まってなかった。
 
「シュッ――」という音がした。
空を引き裂いた矢が弦から飛び出し、迫りくる狼の口に突き刺さって、無情で獣の頭を貫いた。狼は最初に低い鳴き声を上げ、そして力を失って何度か転がり、右側の深淵へ落ちていった。
 
「真中に当てた? おお、やるね」
 
「俺が誰だと思ってる? ハハー、ブリエン……俺はホルン・ナスウェイだ。殿下に最も期待された神の射手だぜ!」ホルンは自慢げに笑い、二本の矢を次々と射出した。
 
「ハハー、たぶんなあ。ただ、たまに迷惑だけどなあ」
 
「おい、ブリエン……デスティニーがあんたの行方不明の姉妹だ、賭けてもいいよ」冷たい風が彼の頬をなで、茶色の短髪をなびかせ、気勢を高めた。貴族と名乗るエースレンジャーは弓を引き、矢を次から次へと射出し、瞬く間に灰狼たちを仕留め、後方から追いかけてくる野獣の脅威を簡単に排除し、獲物を見つけたハンターの表情を浮かべた。
 
「何だと? 彼女からこんなことを聞いたことがないぞ」ブリエンはつるつるの禿げた眉をしかめて、言葉の裏に隠された意味に全然気づいていなかった。
 
「ふふ、次は匂いをよく嗅いでみて。彼女の口から同じ匂いを探し出せるかもしれないから」ホルンはブリエンに背中を見せ、笑いを隠そうとした。
では、ブリエンは?
ブリエンはホルンの皮肉に気づかず、真面目に手のひらに息を吹きかけ、嗅いでいた。全身を震わせ、こらえきれなくなったホルンの笑い声を聞いて、やっと気づいた。ブリエンは手元の銀の長槍を高く掲げて叫んだ。「くそっ、ホルン・ナスウェイ!」
 
 
 
 
ノエルは馬車を運転し、濃霧の中を進んでいた。寒風が吹き付け、それでも前方の馬車に追いつくことを阻むことはできない。
曲がり角で、礼服を着き、公爵の羽帽を被った貴族のレンジャーが車の屋根に立っていて、彼らを親しげに手を振っていた。誰か他にいるだろう? もちろん、ホルン・ナスウェイに決まっている。彼らを見捨てた貴族のレンジャーだ。
 
「ああ!ホルン、どうしてそこに立っているんですか」ノエルは冗談交じりに言った。「御者席でお尻を痛めたんですか」。
 
「ここはかなり快適だぞ。もしここで一生座っていられるなら、喜んでそうするだろう。残念だけと、この馬車はもう一人の暴君も乗っていた。傲慢で理不尽で、俺の席を占領した」ホルンは唇を尖らせ、両手を広げ、あきれたように肩をすくめた。「とにかく、あいつはお前らを助けろと命じた。だから……さて、今はお前が運転しているの?」
 
「ご覧の通り、ホルン様」
 
「言ってくれ、何を手伝ってほしい? 坊や」ホルンは体を軽く曲げ、片手で耳をかざし、少年の答えを待った。「願いをかなえてあげるぞ」。
 
「わあ!神のご加護がありますように。この言葉をずっと待っていたんですよ、ホルン様」ノエルは喜んでにやりと笑い、時折後ろに追いかけてくる餓えた狼たちに振り返って見つめた。「グウィネフとデスティニーの様子も知りたいけど、やっぱりまずはこの迷惑な連中を片付けることです。食卓の上のハエのように厄介ですからね」。
 
「よし、これが聞きたかった答えだ」ホルンは太ももをたたき、満足げに笑顔を浮かべ、その後、弓の弦を引き、野獣に集中して弦を鋭角になるまでじっと狙い続けた。
 
矢羽根は風に震え続け、蜂がブンブン飛ぶような音を立てた。ブホルンは目を細めながら、冷たい風も野獣のますます近づく鳴き声も気にせず、手首をしっかりと支えていた。
突然、彼のしっかりと閉じた指を野獣が跳躍する瞬間に連続的に緩みた。
もちろん、これが偶然でなく、ホルン・ナスウェイの計算通りなのはだれの目にも明らかだった。
弦に架けた三本の矢が空を切り、後ろの馬車の屋根をかすめ、追いかけてきた三匹の灰狼を一斉に貫通した。
この灰狼たちは原地で何度か転がった後、やがて一斉に深い山谷に落ちてしまい、悲鳴すら上げられなかった。これはホルンが狙った通りだ。彼は弓を持って、滑り落ちた獣たちの黒い影が山中の霧に呑まれたまで、遠くから眺めた。そして満足げに指を鳴らした。「ビンゴ」。
 
ノエルは普段とは異なるレンジャーの様子をちらりと見た。彼の目は輝いており、手は巧みな職人のように矢を素早く引いて放つと、野獣たちの遠吠えとともに、活気に満ちた踊りの曲を織り成すようだ。この楽曲には軽やかなリズム、高揚した弦楽、そして絶え間ない荒れた風の咆哮で組み合わされていた。
ホルンは胸を張って、顔に吹きつける冷たい風を楽しんでいた。彼はこの瞬間、まるで酒場の吟遊詩人となり、旋律とリズムに合わせて演奏してダンスして、灰狼たちの遠吠えが静まるまで続けた。「楽しんでくれ!魂で感じろ!これは貴族のレンジャーの新作、才気横溢の流行の詩篇だ!」
 
才気横溢? 神様、何て恥ずべき発言だ。あぁ、でも、こっちはむしろ『先に逃げ出す臆病者』があんたにぴったりだよ!」矢が射終わる前に、魔女は車蓬を開けて顔をのぞかせ、レンジャーをからかうように嘲った。「ちなみに、頭に何が起こっていたの? 空気に向かって独り言を言っているなんて、幻覚薬でも飲んだの?」
 
「ああ、デスティニーダーリン、この一連の質問で自分の舌を噛んでしまうことを心配しないのか?」
 
「ああ、あんたの言う通りね。次は喧嘩する前に、情熱的なキスでもしよう!」デスティニーは挑発的に唇に指を置いて投げキッスをした。
 
「冗談はやめてくれ」ホルンは嫌そうに顔を背け、目を二度丸くした。「いや、君とキスするくらいなら、殺された方がマシだ」。
 
「くそっ、ホルン!流れ星の祝福を手に入れると、今日言ったすべての言葉を後悔させるよ!」デスティニーは文句を言いながら、後ろを振り返って確認した――くそ、あいつらはまだ諦めていなかった。
 
「もしお前の望むことがかなうなら、祝福するぞ、ババア!」ホルンは妙な笑みを浮かべ、デスティニーを嘲笑った。
少年は両者の間に挟まれ、ついにホルンが魔女と対立している理由を理解した。この二人は最初から水と油のように合わない存在だった。まあ、それは完全に悪いことではない。少なくとも、車内にいる二人は無事であることを示している。デスティニーはまだ口喧嘩ができる余裕があるから。
 
「ホルン。ところで、教会につくのにあとどれくらいかかるんですか」ノエルは興味津々で尋ねた。「そこで流星に関する手がかりを見つけることができると思いますか」。
 
「分からない。それはすべて団長殿下の計画による。しかし……」
 
「しかし?」再び首を上げて見ると、ホルンはもう笑顔をしまい、真剣な表情で目を細め、再び短弓を引っ張っていた。
 
「まず、この悪魔たちから逃げなと、ふふ……」ホルンは素早く矢を張り、弦を完璧な水滴の形に曲げた。
風の中、矢羽が琴の弦のように鳴り、まるで力を蓄える致命的なスズメバチのようだった。
レンジャーはまるで石像のように肩にかかる短い髪を風に揺らして、静かに獲物をじっと見つめて、指先を引き締めた。その瞬間、ホルンは矢を放った。まるで自由を望むハチドリを解き放ち、霧の中の敵を見つけてその額に美しい赤い血の花を咲かせる。残念ながら、今回このハチドリは期待に応えられなくて、一匹の狼の遠吠えさえ聞こえず、濃い霧の中に迷い込んでしまった。
 
ホルンでも外すことがあるのか? ノエルは手綱をしっかりと握りしめ、レンジャーをこっそり見た。
レンジャーは動かず馬車の屋根の上に立ち、矢の飛び立つ方向を冷静に見つめ、何が起こったのかを理解しようとしていた。確かに、リベラシオンに参加して以来、このような不思議なことは一度もなかったのに、まさか今日に限ってこんなことが起きるなんて、本当に不吉な予兆だ。
 
幸いなことに、レンジャーはすぐにハチドリからの返事を受けた。馬車が急速に次の曲がり角を曲がった際、その失われたハチドリはついに姿を現し、ホルンの耳元を通り過ぎ、顔に血の跡を残すところだった。
これにより、ホルンはやっと射た矢がなぜ返事が遅れたのが分かった。相手は、その生き物たちの足元にいる灰狼ではなく、灰狼に乗り、長槍を投げる異種の存在だ。
 
あいつらは霧を突き破り、片手で盾を持ち、も片手で長槍を投げ、馬車に向かって素早く飛び込み、口からは誰も理解できない「シャーシャー」という奇妙な音を叫び続けた。あいつらは人間でも野獣でもなく、これまでに見たことのない蜥蜴のような存在だった。
 
「急いで車内に隠れろ、ババア!」
「何……?」デスティニーは困惑して目を丸くしたが、魔女の反応を待たず、少女は既にデスティニーの襟元をつかみ、彼女を馬車の床に強く投げつけた。危機一髪の状況で、馬車を貫通した恐ろしい黒影を避けた。
「そ、それ、一体何?」デスティニーは恐れた表情で赤髪の少女を見て、顔色が青白くなって唾を飲み込み、痛みに大声を上げた。「ああ、くそっ!腰……腰もうちょっとでぎっくり腰になるところだったよ!」
 
「バカデスティニー、少し遅かったら、あなたの頭は撃ち抜かれていたんですよ!!」グウィネフは信じられないように舌打ちし、急いで彼女を引き上げた。「次回はそんなに運が良いと思わないですよ、おばあさん」。
 
しかし、この話は少し早かったかもしれない、特に彼女が散らかった魔法材料の山を見た時、「うわ」と驚きの声を上げて、少し苦笑いした。「まあ、今回もあまり運がよくないみたいですね」。
 
 
 
 
後ろの馬車から、悲痛な叫び声が響いた。それはデスティニーの尖鋭な声だった。
 
「あのイカれた女、また何か?」ホルンは矢を張りながら、急速に遠ざかる険しい山を見つめ、冷静に彼の目標を探した――森に隠れた妙な生き物たち。
 
「ああ、大丈夫ですか。グウィネフ?」
いくつかの灰狼が後追っている以外は、車両は山道を平穏に進み続けていた。
ノエルは手綱をしっかりと握り、こっそりと振り返った。
 
「大丈夫よ!……まあ、あまり大丈夫じゃないかな」グウィネフは仕方なく笑って答えた。「おばあさん、気が狂いそうになっているけど。その叫び声で耳が聞こえなくなるところだったわ」。
 
「なんで? 君何かしたの?」
 
「私? 私のせいじゃないよ!さっきの騒ぎで、おばあさんが一番大切な魔法の材料を押し潰しちゃった、だから、うーん……とにかく、それらのコレクションは彼女の宝物なのよ」
 
「プッ!ハハハ、まあ、幸いあのババアはビンや壺にカエルやヘビを詰め込んでいなくてよかったな。じゃないともっと怖い叫び声が聞こえたことだろう」
 
「おい!それはおばあさんに聞かせないほうがいいですよ、ホルン」ノエルはこっそりとにやりと笑ったが、彼も同じことをしないほうがいいことが分かっている。
 
一方、ホルンは目の端に涙を拭い、同意するように頷いて、まだ前をじっと見つめていた。「ハハハ!お前の言う通り。でもデスティニーよりも心配しているのは目の前の厄介だぞ……くそったれの神、信じられないほどのものを見たよ」。
 
 
 
 
デスティニーは袖口に付いているレースのフリルを噛みしめ、しわしわの両手で涙を拭き、まるで驚いた野良猫のように失望した表情で車両の隅に縮こまった。
車両にはさらに二本の漆黒の長槍が増えており、グウィネフはついにこれらの長槍がどこから来たのかを明らかにした――山崖の森だ。
 
「おばあさん、ここに待っていてください。一体どんな山賊なのかを確かめてきますから……ああ、まずい!」グウィネフは窓際にしゃがんで、そっと頭を窓の外に出して、外の状況を探ろうとした。しかし、彼女はすぐに窓の下に縮こまった――一本の長槍が彼女の頭の上をすれ違い、轟音を立てて車両に突き刺さった。
彼女は黙って唾を飲み込んだ。これで三本目だ。
 
「いやだ……運命の女神よ、偉大なフォルトゥーナよ……ああ……待って、ちょっと!グウィネフ、私をここに置いていくつもりなの!い、いやだ……私をここに残さないで!絶対ダメ!」
 
「ああ、神様!おばあさん、私たちはわずか数歩しか離れていないです」グウィネフは隅に丸まってるデスティニーを見て、仕方なく微笑みを浮かべた。「心配しないで、すぐに戻ってきますから、いいですか」。
 
デスティニーは鼻水を激しく吸い込み、臆病そうに頷いた。しかし、魔女が返事をする前に、車両全体が激しく揺れ動き始め、彼女も目が回るほど頭も揺れた。
 
「あ、あっ!グウィネフ……私のアンジャル、聞いて……新しい魔法を見つけたみたいで、鼻水を吸う時に頭を強く振ると、この馬車は……」
 
「馬車はバランスを崩し、山から転落しますよ!窓のバーをしっかり掴んで、おばあさん!」
馬の鳴き声に伴い、馬車は突然左右に激しく揺れ始め、山の断崖から危うく転落しそうになったが、ノエルが間一髪で元の方向に引き戻したおかげで、死神から逃れることができた。そして、彼女たちはこの揺れが偶然ではないことを確信した。彼らは確かに追われており、それらの悪党たちは馬車の屋根にいることに間違いない。
グウィネフとデスティニーはためらいがちに見つめ合い、同時に上を見上げ、そして恐れた表情を浮かべた。今馬車の屋根には、黒い足跡が増え、密集して動き回っている。これはグウィネフがこれまで見たこともない光景だった。
 
「そんなバカな……絶対にこんなに簡単なことじゃないと言えます。私たちは狙われています!」グウィネフは急いで荷物でいっぱいの馬車の中を転げ回り、屋根から突き刺さった漆黒の長槍を巧妙に避け、外の仲間たちに緊張した声で尋ねた。「ノエル、ホルン、一体どういうことの?」
 
「そうだ、君の言う通りだ!俺たちは確かに狙われている。でも奴らは人間ではなく、不気味なリザードマンだ」ホルンの声が外から聞こえ、矢で風切り音と共に、敵を見事に射落とした。
 
「ちょっと、リザードマン? ええ、今冗談を言う気分のか」グウィネフは思わず声を上げた。
しかし、デスティニーはこれが冗談ではないと感じた。音を立てる屋根を見ると、ホルンの言った通りの光景が広がっており、彼女は驚き過ぎで言葉が出ないで、突き破られた穴を覗いた――穴から蜥蜴のような奇妙な頭が突き出し、毒蛇のような舌を吐き出しながら、「シャーシャーシャー」と音を立て、血のような赤く丸い目で、車内のあらゆる角を覗き見ていた。
 
そして、大きな悲鳴が再び爆発したが、以前よりも高かった。
そう、グウィネフだった。
今、少女は奇妙な蛇の目をついに見た。
しかし、彼女は訓練を受け、さまざまな冒険を経て、さまざまな奇妙な生物と戦ってきた。その場に立ち尽くすことではなく、代わりに、彼女は車両に刺さった長槍を素早く抜き出し、高く持ち上げ、迷わずリザードマンの頭に突き刺した。
 
長槍は、鱗で覆われた蛇の皮を貫き、平らな蜥蜴の頭蓋骨を貫通し、黒い粘液が次々と流れ出し、苦痛の叫び声と共に、やっとけいれんが止まった時、車の屋根から無力に落ちた。
しかし、これで終わりではなかった。グウィネフの行動は明らかに車の屋根に集まっている悪魔たちを怒らせ、彼らは騒ぎたて、躍り続け、怒りに満ちた車体を激しく揺れ動させ、進行中の馬車を転倒させようとしている。車両は激しく揺れて、金属がぶつかる鋭い音を立てた。毎秒ごとに、二人は限界点に挑戦する。
 
「このくそったれ!アンジャル、何とかして奴らを止めなきゃ!」デスティニーはボサボサな長髪を何度も掻きむしって、一生懸命可能な方法を考えた。おもいついたのはほとんどイマイチだったが、彼女はベストを尽くした。
 
「何かいいアイデアがありますか!?」
 
「ううん、まだけど、もうすぐ!」
 
「急いで、おばあちゃん!奴らは私たちの馬車を倒そうとしているんです……こいつらは私たちを殺そうとしているんです!」グウィネフはなるべく体を低くし、馬車の屋根にひしめく悪魔たちに警戒し、あいつらが手に持つ漆黒の長槍で突かれないように怖れている。
 
「分かってる、分かってる……早く、デスティニー、何か考えて……ノエルくんの夕食にもう一枚のベーコンを追加する……いや、違う!それじゃない!魔法の材料のコレクション……いや、それも違う!考えてみる……」
 
リザードマンの騒ぎは死神の運命の呪文となり、車輪の摩擦音と共にますます近づいてきた。
デスティニーはグウィネフの衣服をしっかりつかみ、窮地から抜け出す方法を必死に考えた。
その時、特製の鉄製の道具が揺れる馬車の中でデスティニーの足元に転がってきた。それはデスティニーの魔法道具だった。ぼんやりとした遠い記憶の中で、魔女がこれで遊んでいるのを見たことがあった。見た目は地味で石と同じ大きさのものだが、非常に大きな破壊力を持っている。普通の見た目の丸い鉄球で、耳に近づけると、時々揺れ動く細かい砂の音が聞こえた。
 
少女はその丸い魔法道具を片手でつかみ上げ、自慢げに微笑んだ。
もしかしたら、これがリザードマンから逃げるかもしれない、と彼女はそう思った。
 
「おばあちゃん、これ見てください」
 
「……え?」
 
「あなたの大切な魔法がここにありますよ」彼女は魔女の抱擁に鉄球を押し込み、悪い笑顔を浮かべた。「おばあちゃん、言ったでしょう?」
 
「言ったこと? 何を言ったの?」デスティニーは「魔法道具」を握りしめ、疑わしく彼女を見た。
 
「あなたはすべての悩みを空に放り投げ、美しい火花を打ち上げることができると言いましたよ」
 
「……美しい火花?」
 
「ああ!そう、美しい火花!」二人はお互いに見つめ合い、そして同時に「ドカーン!」と叫んだ。
 
少年は何かが燃えるような匂いを嗅ぎ、火打石の音も聞こえてきたが、もう遅かった。
振り返ったとき、すでに燃え盛る屋根と立ち昇る黒煙しか見えなかった。
 
「ドカーン!」
 
その瞬間、馬車の屋根全体が爆発し、これらの二人の狂った女が屋根を吹き飛ばしたのだ――もちろん、蜥蜴の怪物も巻き込まれた。あいつらは空中でばらばらになり、悲鳴を上げながら空中から落ち、すぐに追いかけてきた狼たちに冷酷に呑まれて消えた。
 
しかし、その後、全員がより恐ろしい光景を目に当たった。
馬車の後ろに、灰狼に乗った蜥蜴戦士の群れが現れ、山を超え、霧を突き抜け、馬車を追いかけていた。
 
 
 
 
 
 
 
Overpowering……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

創作回應

更多創作