小物職人見習いフェルモと銀の小箱(前)小物職人實習生雷蒙德與銀色小箱(前)
原文連結「売り物になるのが作れるようになったじゃねえか。これなら、そろそろ家に帰せるな」「總算能做出可以當商品的東西了不是嗎。這樣差不多可以讓你回去了呢」
白髪白髭の親方は、そう言って笑った。 白髮白鬍鬚的工頭如此說著笑了。
フェルモは小物職人の見習い中、この親方は自分の父の師匠でもある。 費爾蒙正在小物職人實習中,這位工頭也是自己父親的師傅。
親子二代で教わる形だ。 教導父子兩代的形式。
一人前とみなされれば、実家のガンドルフィ工房に帰り、父と働くことになる。 可以獨當一面的話,就回到老家的甘道魯菲工坊,與父親一起工作。
待ち望んでいたはずのそれが、ちっともうれしくなかった。 應該是期待已久的結果,我卻一點都不高興。
作業テーブルの上に鈍く輝く、銀色の正方形。 在工作桌上黯淡閃耀的銀色正方形。
金属の板で、ただ蓋を開け閉めするだけの小箱である。 是用金屬板製,僅僅只是開關蓋子的小箱。
アクセサリーや薬など、小物入れとして使われるもので、ここオルディネ王国ではよくみかける品だ。 作為放飾品或藥物之類的小東西使用,且在這個歐魯迪涅王國是很常見的物品。
それをいつものように作り、親方が確認する。 一如往常般製作那個,讓工頭確認。
毎度のごとく駄目出しをされるのを覚悟していたら、いきなり言われたのが先ほどの台詞である。 做好一如每次都會被指摘的覺悟後,突然被說的卻是剛才的台詞。
その後、客先からもらったクッキーの袋を自分に渡し、今日はもう上がっていいという親方に、ただ、『はい』とうなずいた。 那之後,面對將從顧客那收到的餅乾交給自己,說著今天已經可以結束了的工頭,我只能點頭說『是』。
銀の小箱は、別名『力試し箱』 銀色小箱別名『實力測試箱』
小物職人の基本技術を使って作るので、腕の判断がしやすいことからそう呼ばれる。 由於是使用小物職人的基本技術製作的,很容易判斷本領所以才如此稱呼。
フェルモの作る小箱も、昔と比べればそれなりになったとは思う。 費爾蒙認為自己所做的小箱與以前相比還算不錯。
だが、棚から親方の作った小箱を持って来て並べれば、その差は歴然だった。 但是,從架子上拿工頭所做的小箱過來放一起的話,那個差距是很明顯的。
平面の銀の艶、角の丸みの指当たり、蓋の合わせの滑らかさ――どれも違う。 平面的銀色光澤、邊角圓弧的手指觸感、蓋子闔起的平滑——哪個都不一樣。
四つのときから父に教わって十年、ここで親方に教わって四年。 從四歲的時候開始受教於父親十年,在這裡受教於工頭四年。
十四年小物に関わってきてもこの程度かと、己の腕に歯がみするしかない。 接觸小物十四年也才這個程度嗎,只能對自己的本領咬牙。
そろそろ家に帰せると言われても、どうにも納得できなかった。 就算被說差不多該回家了,怎樣也不能服氣。
フェルモは工房の片付けを終えると、ふらりと外へ出た。 費爾蒙結束工坊的收拾後,搖晃地走出外面。
間もなく夕暮れどき、夏のぬるい風がまとわりつくように流れている。 不久就是傍晚時分,夏天的暖風彷彿纏繞住般流過。
数分歩くと、細い川にかかる橋があった。涼むのにいい場所で、自分のお気に入りである。 走了數分鐘後,有座架在細小河川上的橋。是自己很中意的涼爽好地方。
だが、本日は先客がいた。 但是,今天有先來的客人了。
若い女性が流れる川面を眺めている。 年輕的女性眺望著川流的河面。
無造作に結った藤色の髪はほどけかけ、白いうなじにおくれ毛がこぼれていた。 隨手綁起的淺紫色頭髮披散著,後腦頭髮散落在白皙頸部上。
案外鍛えているようで、細くも太くもない白い首筋に無駄肉はなく、うっすらと通る筋が見える。 意外有鍛鍊過似的,勻稱的白色頸脖上沒有多餘的贅肉,看得到微微透出的筋脈。
なんとも画になる横顔だった。 多麼美如畫的側臉呀。
橋の欄干らんかんに手をかけ、じっと川を見ていた女の頬、透明な滴がこぼれ落ちた。 手扶在欄杆上,直盯著河川的女性臉頰,滑落著透明的水滴。
それがあまりにきれいで、それでいて放っておけなくて―― 那太過於美麗,而且無法放著不管——
こういうときはどう声をかければいいのか、自分の辞書には一文もないというのに、気がつけば足を踏み出していた。 這種時候該怎麼搭話才好呢,明明自己的字典上一句話都沒有,注意到時卻已踏出腳步了。
「よう、いい天気だな」「喲,天氣真好呢」
見上げる空は見事に曇り。完全な不審者である。 仰望的天空是漂亮的陰天。完全是可疑人物。
頬を手の甲で乱暴にぬぐった女が、まっすぐ自分を見た。 用手背胡亂地擦拭臉頰的女性筆直地看著自己。
澄んだ青紫の、なんともいい目である。 清澄的藍紫色,多棒的眼睛啊。
「何か用?」「有什麼事?」
揺るぎなく強気で答える女の声は、むしろ好ましい。 以毫不動搖的堅決回答的女聲,反倒更討喜。
いや、そうではなく――何を言っていいかわからずに、フェルモは口を開きかけて閉じる。 不對,不是那樣——對於不知道要說什麼才好,費爾蒙閉上張開的嘴。
そして、クッキーの袋を開け、口側を相手に向けた。 然後打開餅乾袋,將開口側朝向對方。
「もらいもんだが、食わねえか?」「這雖是收到的,妳要不要吃?」
「え?」「咦?」
「あー、腹が減ってると人間、悪い方に考えるじゃねえか、だから、少しは気分転換になるかと……」「啊—,肚子餓的話人類不是會想到不好的地方去嗎,所以想說能不能稍微轉換氣氛呢……」
無茶苦茶な理屈でクッキーの袋をより近づけると、女は目をまん丸にする。 以亂七八糟的歪理將餅乾袋更靠近後,女性瞪大了眼睛。
「見てた?」「看到了?」
「何を?」「什麼?」
「あたしが泣いてたから同情? 別に飛び込まないわよ。ここ、浅いし」「因為我哭了所以同情? 我沒有要跳下去喔。這裡很淺的」
「その心配はしてなかったが。むしろここで飛び込んだら、頭打って危ねえんじゃねえか?」「我沒在擔心那個。不如說在這裡跳下去的話,打到頭不是很危險嗎?」
「違いないわね。あ、もらうわよ、ありがとう」「肯定的呢。啊,我收下了喔,謝謝你」
苦笑した女は、素直にクッキーの袋に手を伸ばす。 苦笑的女性坦率地對餅乾袋伸出手。
そして、二人とも欄干に背を預け、クッキーを囓り始めた。 然後,兩個人背靠在欄杆上,開始咬起餅乾。
「これ、家族に持ってかなくてよかったの?」「不把這個拿給家人行嗎?」
「見習いなんでな、月に一度しか帰らない」「我是實習生呢,一個月只回去一次」
「じゃあ、一緒ね。あたしも見習いだもの、ガラス職人の」「那就一樣了呢。我也是實習生,玻璃職人的」
そういった彼女が、クッキーを噛みながら、少しだけ表情をゆるめる。 這麼說的她,一邊嚼著餅乾一邊稍微鬆緩了表情。
どうやら職人仲間らしい。 看來似乎是職人同伴。
見習い職人は涙の川を作る――そんなふうに言われることがある。 實習職人淚如雨下——有被說成那個樣子。
家族と別れて工房住みになるさみしさ、あるいは親方や仲間とうまくいかない、そんな悩みを持つ者も多いからだ。 因為擁有變得要與家人分開住在工坊的寂寞,或者與工頭及同伴無法順利那種煩惱的人很多。
幸い、自分は家も近く、親方も兄弟子も厳しくはあったが理不尽ではないので、そんな思いをしたことはないが。 幸好,由於自己是家裡近、工頭或師兄雖都很嚴厲卻不會不講理,才沒有過那種想法。
「……仕事、大変なのか?」「……工作,很糟嗎?」
「ううん、逆。先輩達が『お前、無理するな』って。身体強化魔法もないから、ガラスの箱がまとめて運べなかったり、火の魔石の箱が動かせなかったりして、迷惑をかけてる。それがちょっと不甲斐なかっただけ」「不是,相反。前輩們說『妳不要勉強』,因為沒有身體強化魔法,既無法一起搬運玻璃箱,又移動不了火魔石箱,添了麻煩。感覺自己有點沒用」
泣いていた原因は、物理的な非力さだったらしい。 哭泣的原因似乎是物理性的無力。
身体強化魔法がなければ、生身で鍛えても限界がある。どうにもならぬことだろう。 沒有身體強化魔法的話,鍛鍊肉體也有所極限。怎樣都無能為力吧。
「物を運ぶのは、腕も技術も関係ないだろ。掃除でも何でも、他のことで頑張りゃいい。気になるなら分けて二往復持てばいいじゃねえか」「搬東西與本領或技術沒有關係吧。用打掃或其他什麼事來努力就好了。那麼在意的話分開來回兩趟不也可以嗎」
「それはそうだけど。ガラスの切り出しも遅くて……」「雖然是那樣沒錯。玻璃的切割也很慢……」
「得意な作業とか、好きな作業は?」「擅長的作業啦、喜歡的作業是?」
「絵付けはやっと売り物に描けるようになったから得意な方かな。色ガラスを貼るのが好き」「繪圖終於能夠畫在商品上所以算比較擅長呢。喜歡貼彩色玻璃」
「んじゃ、絵付けと色ガラス貼りの腕をより上げて、切り出しは反復練習だろ。それでも下手なら、切り出しは他の職人にお願いして、得意をもっと伸ばせばいい。誰だって得手不得手はあるだろ」「那麼,讓繪圖與貼彩色玻璃的本領更為提升,反覆練習切割吧。這樣也不擅手的話,切割就拜託其他職人,更加發展擅長的就好了。誰都有擅長不擅長的吧」
きょとんとした目が自分に向いた。 呆愣的眼睛朝向自己。
一段幼くなったようで、その表情がかわいい。 彷彿變得年幼一輪的那個表情好可愛。
しかし、つい職人仲間として一気に言ってしまったが、気を悪くされるのでは―― 可是,不小心作為職人同伴一口氣說完了,讓人不愉快就——
そう心配しかけたとき、彼女が思い切り破顔した。 如此擔心不已的時候,她盡情笑開了。
「ありがとう! なんかふっきれた!」「謝謝你! 總覺得舒暢多了!」
「いや、ふっきれたんならよかったが――じつは俺が、人に物を言える立場になくってな……」「不會,若能舒暢那就太好了——但其實我可沒有對人說三道四的立場呢……」
言いながら、がりがりと頭をかく。 一邊說一邊咯吱咯吱地抓著頭。
思い出すのは、机の上の銀の小箱だ。 回想起來的是桌子上的銀色小箱。
「何? そっちは親方が大変とか?」「什麼? 那邊是工頭很糟嗎?」
「いや、親方はいい人なんだが、俺の技量がない。金属で小箱を作ってたんだが、一人前とか言われて実家に帰されそうだ」「不是,工頭雖是好人,但我沒有能耐。雖然用金屬做了小箱,但被說了獨當一面之類似乎要讓我回老家」
「一人前として認められたらすごいじゃない」「被認定為獨當一面的話不是很厲害嗎」
「違う。親方みたいな面のきれいさもなければ、角の丸み取りも下手だ。底面の水平も完全じゃない。アラだらけなんだ」「不對。我不像工頭那樣平面很漂亮,也很不擅長去邊角的圓弧。底部的水平也不完全。淨是缺點」
「そりゃあ、熟練職人と比べたら、年季が違うもの」「那個,跟熟練職人相比的話,經驗是不一樣的」
積み上げた年季は確かに違う。 累積起來的經驗的確不一樣。
だが、親方の腕と大きく隔たりがあって家に帰されるのは、意味が違う。 但是,與工頭的本領有很大的差別而讓我回家,意義就不一樣了。
「本当に見込みがあるんなら、手元に置いて親方に追いつくようにうまくなれって言われるもんだろ。家に帰れと言われるのは、伸びしろがなくてここまでだっていう意味だろうな」「如果真的有指望,會放在手邊說精益求精追上工頭吧。被說回家的話,是有無法發展到此為止這層意義的呢」
「あ……そういうこともあるんだ……」「啊……也有那種事呀……」
その青紫の目が、困惑と痛みを同時に宿す。 那雙藍紫色的眼睛同時寄宿著困惑與悲痛。
「いや、悪い、おかしなこと愚痴って」「不,不好意思,抱怨了奇怪的事」
「ううん、こっちも聞いてもらったから。でも――自分の腕が気に入らないなら、親方に言ってみたら?もうちょっとうまくなるまで教えてくれって」「不會,因為這邊也說給你聽了。但是——如果不喜歡自己的本領,不試著跟工頭說說看?能教導我到再好一點嗎」
「何から何まで面倒見てもらってるのに、迷惑だろ」「明明各方各面都受照顧了,會添麻煩吧」
「弟子を名乗らせるんだから、何年かかっても一人前になれって、うちの親方は言うんだけど……」「正因為讓你自稱為弟子,不管花多少年都要讓你獨當一面,雖然是我家工頭說的……」
けほり、そこで彼女が咳をした。 咳咳,她在那時咳了一下。
飲み物なしでクッキーを食べたせいかもしれない。自分も少し喉が渇いていた。 或許是沒有飲料而吃餅乾的緣故。自己也有點口渴了。
ちょっとだけ困ったように自分を見る彼女と、どうしても、もう少し話をしたくて―― 無論如何,都想再稍微跟有點像是困擾般看著自己的她說說話——
フェルモは今まで一度も言ったことのない誘いを口にする。 費爾蒙說出了至今都沒有說過一次的邀請。
「これから、茶でも飲まないか?」「這之後要不要也喝個茶呢?」
「ええ、いいわよ」「好,可以呀」
即答だった。 立刻回答。
「近いから家でもいいかな? お茶代が浮くし」「因為很近在我家也可以嗎? 能省下茶資」
「あー……それはありがたい」「啊—……那還真是感謝」
見習いの給金は高くない。腹一杯食え、工具も本も親方持ちなので不満はないが、しゃれた店での茶代はちょっと大きい。 實習生的薪水不高。雖能吃飽、工具與書工頭都有而沒有不滿,但時髦店裡的茶資有點貴。
しかし、普段からこうなのか、危なくはないのか。誘った本人が心配になってどうするという話ではあるのだが。 可是,她平常就這樣嗎,這樣是不是有點危險。雖然話說讓邀請的本人擔心起是怎樣來。
「じゃ、お祖父ちゃん家ちがすぐそこだから。行こう」「那麼,因為我爺爺家就在這附近,走吧」
先に進む彼女は、フェルモが歩いてきた道をそのまま戻る。 先走的她就那樣回到費爾蒙走過的路。
しばらく先、立ち止まったのは工房の隣――親方の家の前。 不久後,停下腳步的是工坊隔壁——工頭的家門前。
「名前、まだ言ってなかったわね。あたしはバルバラ・アガッツィ」「我還沒說名字呢。我是芭露芭菈.亞岡茲」
つくづく聞いたことがある姓である。 是完全有聽過的姓。
自分がいる工房の名、まちがいなく親方の姓である。 自己所在工坊的名字,毫無疑問是工頭的姓。
確か、美人でかわいく気立てのよい孫娘がいると聞いたことはあったが―― 的確是有聽說過,有位美人且可愛心腸好的孫女在——
ああ、まちがいなく当たっている。 啊啊,毫無疑問猜對了。
「俺はフェルモ・ガンドルフィ。隣のアガッツィ工房でお世話になってる……」「我是費爾蒙.甘道魯菲。在隔壁亞岡茲工坊受關照……」
「お祖父ちゃんのお弟子さんだったんだ! すごい偶然ね。じゃあ、お茶だけじゃなくて、夕食も一緒に食べてって」「是爺爺的弟子呀! 好厲害的偶然呢。那麼,不只是喝茶,也一起吃晚餐吧」
とてもうれしげに笑う彼女に、フェルモは覚悟を決めた。 費爾蒙對著非常高興地笑著的她下定了決心。
親方の家のドアは、過去最高に重かった。 工頭家的門是有史以來最沉重的。