原文:
アナスタシア:「......。 ......。」
アナスタシア:「(本を読んでいる)」
秦良玉:「......。 ......。」
秦良玉:「(本を読んでいる)」
ジル:「…………………………。」
ジル:「(本を読んでいる)」
【おや?】
【本を読んでいるサーヴァントが多い......】
フィン:「(本を読んでいる)」
ガウェイン:「(本を読んでいる)」
フィン:「おっと失礼。夢中で本を読み耽(ふけ)っていたため、他人の接近に気が付かなかったよ!」
フィン:「ん?私ほどの男がそんな粗忽(そこつ)なミスをするとは、いったいどれほどの名著なのかきになると?」
フィン:「ふ。いやなに。『黄金の騎士 フィン・マックール』という、実に素朴な題(タイトル)の本でね。」
フィン:「いやはや、読書というのはこれでなかなか奥深い!」
ガウェイン:「こちらこそ。失礼を。」
ガウェイン:「私も同じです。マックール卿。剣に比すれば、知の蓄積に勤しむ時間は多くなかった。」
ガウェイン:「貪(むさぼ)るように書を読み耽(ふけ)る、などとは……。」
ガウェイン:「紙の上に綴(つづ)られた文字の群れ、ここまで人の心を捉えてみせる。」
ガウェイン:「いやはや。文字通り、初心に戻って勉強中の身です。」
フィン:「わかる。とてもわかる。親指(フィネガス)しなくてもわかる。」
フィン:「騎士団などと言っているが、基本的には武勇を誉れとするさもしい男所帯だからねぇ。」
フィン:「読み物に夢中になっていては最愛の妻にも心配される、というものだ。」
フィン:「『あなた、何かいやな事でも?あるいは浮気でも隠しているの?』とね!」
フィン:「いやはや、無論、そんな事はないのだがそちらの騎士団でもそうだろう、ガウェイン君?」
ガウェイン:「はい。私かぎっては断言できます。」
ガウェイン:「卿。よろしければそちらの本、読み終わった後に私が借り受けても?」
フィン:「いいともいいとも是非読みなさい。」
フィン:「で、そちらの本は?ほほう、『サー・ガウェインと緑の騎士』と……」
【フムフム】
【なるほど……】
マシュ:「-------。」
マシュ:「(本を読んでいる)」
マシュ:「......。 ......。」
フォウ:「フォウ!」
マシュ:「わわ。フォウさん?」
マシュ:「はっ、先輩!い、いつのまに管制室に!」
マシュ:「気が付かず、申し訳ありません……!」
【いいよいいよ】
【マシュは何を読んでるの?】
マシュ:「始めて読む本ではないのですが……なのに、つい夢中になってしまいました。」
【何を読んでたの?】
マシュ:「えと、『イリアス』です。ホメロスの綴った古代ギリシャの叙事詩ですね。」
マシュ:「『イリアス』を読んでいました。ホメロスの綴った、古代ギリシャの叙事詩です。」
マシュ:「アキレウスさんやヘクトールさんが戦ったという、トロイア戦争について語られた本でーー」
【カルデアにもその本好きな英霊多いね】
【確か、シュリーマンがトロイア遺跡を発掘したんだよね】
マシュ:「ですね!」
マシュ:「この本には、古代ギリシャの神々の企みで引き起こされた一種の代理戦争が描かれています。」
マシュ:「多くの人が死んでしまう残酷な物語ですが……」
マシュ:「同時に、数々の英雄や、両国の人々が命を輝かせる物語でもあって……」
マシュ:「すみません。一度読み始めると、止まらなくなってしまって。」
マシュ:「はい!そうなんです!」
マシュ:「人類史では長らく架空の神話とされてきた物語ですが、19世紀末の考古学者シュリーマンによる発掘事業で、」
マシュ:「現代では、歴史的事実として可能性が語られています。歴史と神話の織り成す神秘ですね……」
【……読書、流行ってるのかな】
マシュ:「あ、それは。」
マシュ:「はい。まさしく!」
マシュ:「最近、サーヴァントの皆さんもよく読んでいますよね。今まではあまり見ない光景でした。」
マシュ:「理由は簡単なんです。実はーー」
マシュ:「なんと!」
マシュ:「図書館ができたんです!」
マシュ:「ここが地下図書館ーー」
マシュ:「これまでにも存在していた図書室とは別に、新たに発生した大図書館なんだそうです。」
マシュ:「広くて大きな図書館に見えますが、実際は、魔術で空間が歪曲している状態で……」
マシュ:「倉庫エリアの未使用部分が消えた程度なので、システムや魔力炉への影響は特にないよのことです。」
【初 耳】
マシュ:「ど、どうしてなんでしょうね?」
マシュ:「ダ・ヴィンチちゃんが連絡ミスだなんて……あ、メールの送信バグもあり得ますね!」
【確かに】
【ダ・ヴィンチちゃんは忘れないだろうしね】
マシュ:「後で、サーバーをチェックておきます。物理的な原因かもしれないですし。」
マシュ:「ですね。」
マシュ:「......。 ......。」
マシュ:「カルデアでは……」
マシュ:「情報の類(たぐい)は電子データ化されていて、紙の本は、あまり充実しているとは言えませんでした。」
マシュ:「そのせいか、つい、ここの本に夢中になってしまって……」
【いいんだよ、オフなんだし!】
【紙の本、好きなんだね】
マシュ:「はい!」
フォウ:「フォウフォウ」
マシュ:「ーーはい。」
マシュ:「やっばりカルデアでは、紙の本は珍しいものでしたから……」
フォウ:「フォウ?」
マシュ:「......。 ......。」
マシュ:「……情報の閲覧という意味では、タブレットの液晶越しに見ても同じはず、ですよね。」
マシュ:「でも、不思議です。紙の本で読むとなんだかーー」
【どんどん読んじゃう?】
マシュ:「はい。そうなんです。」
マシュ:「到着です。--ここが、地下図書館の“受付”です!」
司書:「ーーーーようこそいらっしゃいました。」
司書:「我が地下図書館には、古今東西(ここんとうざい)。さまざまな本を取り揃えてございます。」
司書:「史書に伝記、神話に伝説、悲劇に喜劇、古典に新作、御伽話(おとぎばなし)に童話、時代劇に西部劇、低俗劇に政治劇、」
司書:「オクシデンタルにオリエンタル……中世に近世、古代に現代、虚構に現実、」
司書:「図鑑や地図もございます。」
司書:「ああ、それとーー復讐譚に恋物語も、もちろん揃えてありますので。」
司書:「ラインナップにない本がございましたら、ぜひお申し付けくださいませ。」
【司書さんだ……】
【はじめまして】
司書:「……。 ……。」
司書:「はじめまして、になりますでしょうか。カルデアのマスター様。」
司書:「はい、はじめまして。カルデアのマスター様。」
司書:「僭越ながら、この地下図書館にて司書をつとめております。」
司書:「サーヴァント、キャスター。――真名を紫式部(むらさきしきぶ)と申します。」
紫式部:「文に親しみ、詞に焦がれ、人の思いに寄り添う女にて……」
紫式部:「当世の多くを知らぬ身でありますゆえ、どうぞよしなに。優しくしてくださいましね。」
【どうぞよろしく!】
【主人公です】
マシュ:「紫式部さんは、日本の平安時代出身ですね。あの頼光さんや金時さんと同じ時代を生きた英霊です。」
【作家さん……なんだっけ?】
【源氏物語の作者にして歌人、だよね!】
マシュ:「はい!特に『源氏物語』が広く知られています。」
マシュ:「平安時代の貴族社会を舞台とした、主人公源氏と数多くの女性たちによる恋愛劇で……」
マシュ:「他にも、優れた歌人として有名で、小倉百人一首にも紫式部さんの歌が収録されています。」
マシュ:「はい!」
マシュ:「英霊としてはキャスターとして現界なさっていて、東洋の魔術を得意とされるようです。」
マシュ:「ここが、まさにその行使の結果ですね。ご自身の魔力で地下図書館を一から構築してーー」
マシュ:「データベースの形式で保存されていた大量の本を魔術的な効果で物理書籍に変換して上で、」
マシュ:「サーヴァントや職員の皆さんへ、無償で貸し出していらっしゃるんです。」
紫式部:「魔術……?」
紫式部:「魔術で図書館を構築……?」
マシュ:「は、はい。です……よね?」
フォウ:「フォウ、フォウ。」
紫式部:「――ええと、はい。そう……なのでしょうね。恐らく。」
紫式部:「私にとっては陰陽道の一種のつもりですけれど……」
紫式部:「人の世の理(ことわり)を時に超えて紡がれるわざ、思うこころを持ったモノたちが道き出す天然自然(てんねんしぜん)。」
紫式部:「美しきもの……ええ。そういったものを皆様が魔術と呼ぶであれば。」
紫式部:「マシュ様のおっしゃった言の葉できっと間違いないのでしょう。」
紫式部:「……正直に申し上げまして。」
紫式部:「私、かつての平安の折には、さほど陰陽道に長けていた訳ではありません。」
紫式部:「ですのでこうして、サーヴァントとして成立して、初めてあれこれと多くのわざを振るえている状態です。」
紫式部:「不慣れなキャスターではありますが、皆様のお役に立てましたら幸いです。」
【こちらこそよろしく!】
紫式部:「はい、よろしくお願いいたします。」
紫式部:「……。 ……。」
紫式部:「………………などと、言っておきながらーー」
紫式部:「申し訳ありませーん!!」
紫式部:「大ポカをやってしまったんです、私!!」
紫式部:「今度こそはと思っていたのに……華麗な英霊デビューをキメようと思っていましたのに……」
紫式部:「私、やってしまったんです」
紫式部:「私が魔力なるものを込めて作り上げた蔵書!そのうちの一冊が、私の管理下を離れてしまったのです!」
フォウ:「フォウ、フォーウ!」
マシュ:「つまり本が……暴走を……?」
紫式部:「はい、その通りでございます。あれは今朝のこと、書庫の整理をしていた際にーー」
紫式部:「よいしょ、と。」
紫式部:「ふう、今日の補充はこれくらいでしょうか。」
紫式部:「書庫にしまいこんでおくには惜しい、本の数々。心を込めて編まれた文の群れ。」
紫式部:「いつか、誰かの心に届く一冊になるとよいですねーー」
紫式部:「おや……この本は何でしょうか……不思議と見慣れぬ……」
紫式部:「!!」
紫式部:「宙に、本が浮いてる……!?」
紫式部:「きゃっ!!」
紫式部:「あっ…… な、何を……そ、それは……!」
紫式部:「私が鞄(かばに)に入れおいた、大切な……!や、やめて、吸収しないで!」
紫式部:「――返しなさい!返して!」
紫式部:「あっ……!」
紫式部:「消えた……消えて……しまった……!?」
紫式部:「私の不始末、不手際でございます。」
紫式部:「我が図書館書庫に眠っていた本のうち一冊が、ひとりでに動き、暴れる、呪わしき書と化したのです。」
紫式部:「周囲の情報を食し、周囲の魔力を食し、」
紫式部:「そして、自己保存の本能に従って逃げ回るーー」
紫式部:「これを私は呪本と呼称いたしました。うう……。」
フォウ:「フォーウ、フォウ。」
紫式部:「……。 ……。」
紫式部:「かつての中宮(ちゅうぐう)、彰子様にお仕えした折には、何このインテリ女と同僚の女房たちにいじめられ……」
紫式部:「あまりの哀しみに一度は引き籠ってしまったこの私……」
紫式部:「その後、モノを知らない天然キャラを装うことでなんとかギリギリ職場に溶け込めしたが……」
紫式部:「でも、でも!今度こそがちゃんとしようと!」
紫式部:「何の憂いもない完璧なデビューをキメようと、皆様に喜んでいただける“所の英霊”たらんと、」
紫式部:「心に決めておりましたのに……うう……いと嘆かし……」
【大丈夫】
【その本を回収すればいいのかな】
マシュ:「はい!危険な本なのでしたら、回収してしまいましょう!」
フォウ:「フォウ!」
紫式部:「………………。」
紫式部:「……わ、私をお責めにならないのですか?マシュ様、主人公様?」
【図書館ができて皆楽しそうだし】
【責めたりしないですよ】
マシュ:「なにぶん伝説の彷徨海の中ですから、何が起きてもおかしくありません!」
セミラミス:「む。ああ、どうやらこのスイッチで合っていたな。聞こえているか?」
マシュ:「セミラミスさん?」
セミラミス:「うむ。我だ。」
セミラミス:「ダ・ヴィンチは何やら調子がよくないとかで席を外しているゆえ、仕方なく我が通信役を代わった。」
セミラミス:「で、だ、その、何だ。」
セミラミス:「何というか……異常事態が発生していてな。」
セミラミス:「バレンタインデーのチョコレート作成用に保存していた魔力リソースがーー」
セミラミス:「一冊の本が近付いたかと思うと、みるみるうちに吸い上げられてしまったのだ、全て。」
【あ、それってもしかして!】
【全部かー!】
マシュ:「はい先輩!おそらく件の呪本かと……!」
紫式部:「……ごめんなさい……」
セミラミス:「いわゆる魔本のエネミーとも違うようだったが、あれはもしや、そこの図書館の貸し出し本なのでは?」
紫式部:「その通りです!ああ、いけない、いけません……!何ということ!」
紫式部:「遂に、被害が……出てしまった……!」
セミラミス:「む。この警報は何だ?カルデア式の操作盤は癖が強くて読み難(にく)いがーー」
セミラミス:「うむ。何やら魔力反応らしきものがそちらに移動しているようだ。ま、独力で対処セルがよいぞ。」
フォウ:「フォ、フォウ!?」
マシュ:「先輩!」
紫式部:「すべて、すべて、私の不始末に因(よ)るものです。申し訳ありません。」
紫式部:「せめて、流される血は私のみで終わらせねば!どうかお任せくださいませ!」
【一緒に戦うよ!】
【ひとりでに無茶しない!】
紫式部:「は、はい!……!参ります!」