小說

無題

織日ちひろ | 2020-12-24 13:47:28 | 巴幣 8 | 人氣 331

怪文書
資料夾簡介
最新進度 無題

「わーお」
 白い息を弾ませながら、隣りにいる彼女は思いっきり目線を上げた。
「初めてかも。真下から見るの」
「そうだね」
 見上げる首の角度はそのまま、餌を求める鯉のように上向きに口をぱくぱくと開閉させる。周りを見渡せば二人組のカップルばかりで、ほぼ皆同じポーズをしている。
「樋口は見ないの?」
「いい。首痛めるから」
「そっか」
 私の方に視線を向けるのも束の間、まるで何らかの引力でもあるかのようにまた元の体勢に戻る。
 ふと、立った夜風に顔面の温度を奪われると、思わず両手で口を押さえ温かい息を吹きかける。
「そんなに珍しいの」
「んー?」
「東京タワー」
「あー」
 透から目をそらし時刻を確認すると、仕事場に戻る時間まであと三十分余りあった。温まった掌をポケットの中に突っ込み、また靄を一つ上げる。
 遠くの斜面上の駐車場にいる大学生集団のはしゃぐ声が凛とした空気を切り裂く。その方角を見てみると一人が地面に倒れていて、何かのごっこ遊びをしているようだ。
「樋口ってさ」
「何」
 振り返ると、いつの間にか透は私の方を見ていた。橙色のライティングが彼女の輪郭を照らし出す。
「下から見るのと、遠くから見るのどっちが好き?」
「東京タワーの話?」
「そう」
 ひとしきり思案を巡らすも、今ひとつピンとくる答えが出てこない。
「わからん。浅倉は?」
「んー私はー」
 質問を質問で返すも彼女は意に介さず、流石に首は疲れたのか地面を見つめながら考える素振りを見せる。
「下からかな」
「そう」
「今は」
「今は?」
「うん」
 そんな会話をしている間に、周りに人が段々と集まる。見上げるカップルがいて、タワーを背景に自撮りをする観光客がいる。さっきのとは違うグループの大学生らしき集団の声が反対の方角から聞こえて、一気にこの場の賑やかさが増した。凍える真冬の空気とは真逆で。
 吐息で目の前の空気を白く染め上げ、声帯を働かせると。
「私は――」
「――なんか」
 私の発した声が、透の発した声にぶつかり、短い和音を奏でた後透明な欠片となって夜風に溶け込んでいく。
 先にどうぞと視線で促すと、緩やかに彼女は続きの言葉を紡ぎ出す。
「なんか、電飾で飾られたクリスマスツリーの下に置かれたプレゼントになった気分で、面白いから」
 そう呟いた透の視線を辿り、徐々に首の仰角を上げていく。
 すると彼女の視線の先を探ろうとした私の瞳に、流星群のように眩い橙色が降り注ぐ。
「でしょ」
「……そうだね」
 何処かからベルの音がした。

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2020-12-24 16:45:21

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